パタゴニアでのクライミング(ポインセノット編)

ポインセノット山頂から望むセロチャルテン
 

さて、首尾よくセロチャルテンに登ることが出来た僕らは、その後も毎週のように訪れる好天周期を利用して、嘘みたいなペースでこの地でのクライミングを楽しみました。

1月末、三度目の好天では、サンテグジュペリ南面の"コンドリート(Condorito)"という恐ろしく威圧的な壁にズバッと一直線に走った数百メートルのクラックラインのフリー化を目指して入山したものの、チリ雪崩が絶え間なく落ちてくるようなコンディションで断念。しかし、代案としていた隣のピークであるデラエスの"ハイゼア(Haizea)"というエイドラインを辛くもフリー化することが出来ました。


サンテグジュペリ南壁


ハイゼア核心ピッチ


余勢を駆ってデラエスの翌日にはサンテグジュペリの"Last gringo's standing"というありえないほど綺麗に割れたクラックがありえないほど長く続くルートを登り、またしても30時間近く動き続け、氷河に降り立った時には日が高く上っていました。。。
 

ラストグリンゴスタンディングのどこまでも伸びるクラック

パタゴニアのルートのフリー化を成功させることはセロチャルテン登頂と並んで今回のトリップの大きな目標であったため、ツアー前半でそれらを達成できたことは自分たち自身驚きでした。

その後しばらく山はストームに覆われ、やっと雲間から顔を出したピークは明らかに白いものに覆われています。
半日の好天を利用してエルモチートという300mほどの壁を登ったりしましたが、やはり欲が出てくるもので、壁中でビバークが必要になるようなビッグクライムがしたいと思い始めました。

そして2月も中旬を過ぎたころ、4日間ほどのチャンスがやってきます。
今回僕らが選んだのは、セロチャルテングループで二番目の標高を誇るポインセノット(3003m)。
長いストームの後で気温も低いため、比較的雪の付きにくく日の当たるポインセノットの北面(南半球なので)に目を付けました。狙うは"The Old Smuggler's Route"というライン。1996年に初登されたこのルートは、およそ20ピッチほどのうち7ピッチがエイドで残されており、このルートをフリーで登りたいという淡い期待のもと出発しました。


⑨がオールドスマグラー。約600mのロングルート


冷たい風の吹き荒れる中、Niponinoというベースキャンプまで一日かけてアプローチ。
翌日、さらに半日ほど、おそらく冬の赤岳主稜よりも長くてハードなんじゃないかと思うようなアプローチをこなしてやっと壁の取り付きへ。
 
長くて骨の折れるアプローチ

下から見上げるとそこまで長くはかからなそうですが、壁の大きさは実際登ってみるまで分からないもの。この日は雪の詰まった凹角を4ピッチ。パートナーのナイスクライミングでエイドの2ピッチ分を順調にフリー化し、レッジの氷を削ってツェルトを張ってビバーク。風もなく穏やかな夜でした。

二日目、朝は寒すぎたのでしばらくしてから気持ちを奮い立たせ、ようやくクライミングシューズを履いてスタート。2ピッチずつリードを交代しながら、少しずつフリーで進んでいきます。グレード的には最高でせいぜい5.11台ですが、クラックの内部には霜やベルグラが張っていて一筋縄ではいきません。
 

腰にぶら下げたアックスで氷を叩き割りながら登る

 
空は終始曇っていて、完全に冬山のレイヤリングをしているにもかかわらずビレイ中は踊らないとどうしようもないくらい寒い。
内容的にはほとんどがワイドクラックで、毎ピッチ気合いを入れてその冷凍庫の中に体をねじ込んでいきます。

 

キンキンに冷えた割れ目

そして最後のエイドピッチ、表面が脆い4番サイズのクラックをランナウトで吠えながら越えると、ついに垂直の世界から抜けだすことが出来ました。ちょうど夕暮れ時で、山頂直下の平らな岩の上を見つけてもう一晩ビバーク。
風が抜けて凍える夜でしたが、明日には町に戻れるのだと思うと気持ちも楽でした。
 

最後のビバーク

翌朝、何ピッチか懸垂下降を交えた複雑な稜線を行き山頂まで。しばらく姿を隠していた日光が顔を出し、僕らの登頂を祝福してくました。
ここから再び長い垂直下降の旅ですが、暗闇でのラッペルとは大違い。一度ロープスタックがあったものの、みるみるうちに地面が近づき、最後の雪壁をクライムダウンして氷河に降り立ちました。自分たちが思っている以上に疲れた身体を引きずって一気に町まで下り、ちょうど真夜中に24時間オープン(!)のレストランに潜りこんで乾杯。
豪華なディナーをたらふくかき込んでそこら辺の河原に倒れるようにして眠りにつきました。

 

長い帰り道の始まり


 

あと少し。小さな町明りに励まされる


ツアーは残り2週間ほどあったのですが、やっとパタゴニアらしく嵐が続き山は閉ざされてしまいました。町周辺のワールドクラスのボルダーを楽しみながら今回の旅を振り返ると、やはりこのポインセノットでの登攀が最も強く印象に残っています。
オンサイトやフリー化といった"成果"に満足したのはもちろんですが、それよりもあのかっこいい山を下から上までロープやギアにぶら下がることなく自力でまっすぐに登れたという、その感覚になにより充実感がありました。

今ツアーでは天候の面で信じらないほどの幸運に恵まれ、自分たちが願っていた以上のクライミングができました。もちろんこれ以上ない強力なパートナーと登れたこと、そしてなんといってもパタゴニア経験のあるクライマー達から貴重な情報をたくさんいただけたことが大きかった。
日本のクライミングコミュニティに感謝すると同時に、僕らも今回得た情報を新たにパタゴニアに行きたいというクライマーにシェアしたいと思っています。

そしてやはり、正確な天気予報も快適な街も、軽い装備も情報もない時代にこの地でクライミングをしていたクライマー達がいかに偉大であったかを痛感せずにはいられません。
次の瞬間には体を吹き飛ばす爆風が吹き荒れるかもしれないという緊張感を僕らは味わっていないのだから。

しかし今シーズンは天気に恵まれた半面、例年にない気温の上昇でこれまで比較的安全と考えられていた登路などで落石や雪崩が頻発し過去最多の犠牲者が出ました。世界の"きわ"で遊ぶクライマーにとって気候変動は致命的な問題だと改めて感じました。

それでも山に入るたびにやりたいことや登りたいルートが増えていくのがパタゴニア。チャルテンの街の温かい人々や美味しいワインがもう懐かしい。
近いうちにまた必ずこの地に登りにいきたいと思っています。

 

世界中のクライマーと楽しくセッション

 
カタナレース
(EU37)
フリー化狙いにはカタナレースを選択。快適さではアスペクトに劣るものの、やはりフットジャムと細かい足を拾う性能はピカイチです。
キャメロット Z4
(#0)
軽くて対応するクラック幅が広いので使いやすい。価格もお手頃だけど、さすがに残置はしたくない...
ブリッツ28
(1サイズ アロイ)
シンプルながら必要十分な機能と収納スペース。生地は薄いがリップストップでかなり丈夫。